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こまつ座第101回公演「イーハトーボの劇列車」を観て

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今回はがんばって劇場の先行予約で最前列の席をゲット。


ただあまりにも舞台に近いので、熱演する出演者の口から出る飛沫(はっきり見えました(笑))を浴びるのではと心配したほどでした。(笑) 自分の前に観客が誰もいないというのはすごいです。本当に久しぶり。とにかくすっぽり浸れる臨場感です。

最初は出演者全員の挨拶から。「農民たちによる注文の多い序景」の場です。
↓以下画像は当日購入した「the座」に掲載された「稽古場風景」と役者紹介の記事の写真の一部です


挨拶に続いて、「大正七(1918)年十二月二十六日夜の上野行き上り急行二○二列車の車内」の場面へ。

向かい合わせの列車の椅子と窓枠がやや傾斜した楕円形の盆の上に置かれています。


ここは賢治が上京するところ。汽車の擬音が愉快です。

まずここでいきなり宮沢賢治役の井上芳雄↓が目と耳に飛び込んできました。うまかったですねー、セリフも演技も。


まず東北弁がよかった。(笑)もっとも、非関西在住の役者の関西弁が関西在住者には違和感を感じることがあるように、東北の方が聞かれたらしっくりこないかもしれませんが、とにかく彼の東北弁のセリフはきわめて明快で、自然に聞き取れるところにびっくり。東北弁独特の抑揚がクセになります。(笑)
まあ明快な東北弁というのも変かもしれませんが(殴)、朴訥とした語り口でありながら、あの時代の青年らしい純なキャラクタで極めて好印象。大したものでした。私は「組曲虐殺」では彼についてはさほど印象に残らなかったのですが、今回の観劇で見直しました。いい役者です。それと学生服が実にカッコよく、似合っていました!

この列車には、人買いで曲馬団団長の神野仁吉(田村勝彦)と、


その人買いに買われた娘(鹿野真央)、


西根山の山男(小椋毅)と


熊打ちの淵沢三十郎(土屋良太)


が乗り合わせています。

井上ひさしの作品には真の悪人はいないといわれますが、田村勝彦演ずる人買いの曲馬団団長もそうですね。
人買いというと、私などの世代は子供の時に聞かされた「サーカスに売られる」といったイメージが強く、また「女工哀史」なども連想しますが、この神野仁吉はどこか温かくて憎めないところがあり、彼も彼なりに、サーカス団で働かせることでなんとか当時の悲惨な農民の家族を救おうとしたいい人だったのではなどと考えたりします。(笑)

人買いに売られた娘役の鹿野真央は今回が初舞台とのこと。でも周りのベテラン勢に臆せず頑張っていて、最初のウブで売られたわが身の不幸を嘆くばかりだった少女から、世間の荒波に揉まれながらしたたかな大人の女に変わっていくあたりをうまく演じていました。セリフは「お食べ」だけですが。(笑)
とても初舞台とは思えなかったです。

小椋毅の「山男」は、急速に近代化しつつあった当時の日本から取り残されたような東北・岩手県を象徴する土俗的な存在として描かれています。同時にこれは宮沢賢治の分身のようで、彼の内的な世界を表象したような存在でもあります。

その後、病院のベッドが2つ置かれた場面になります。ここが今回の観劇で一番ハマったところです。
ベッドには賢治の妹・とし子(大和田美帆)と


福地ケイ子(松永玲子)がいます。


大和田美帆もあまりセリフがないのですが(この芝居は全体的に女優のセリフが少ないですね)、実際に仲が良かったといわれている兄妹の間柄が偲ばれるひたむきに賢治を慕うとし子をうまく演じていました。小顔が印象的です。

福地ケイ子役の松永玲子も同様あまりセリフがないので、どういうキャラクタの役なのかわかりにくかったのですが、少ないながらも兄・福地第一郎役の石橋徹郎と息の合ったセリフのキャッチボールが良かったですね。この兄妹も仲がいいです。


で、その福地第一郎役の石橋徹郎。うまい役者さんです!
第一郎は三菱の社員で、当時の殖産興業のシンボルみたいな役です。初めて知った役者ですが、井上ひさしの十八番、膨大なセリフを立て板に水、見事にこなしていて、本当に観ごたえ・聞きごたえがありました。まだまだ知らない役者さんが多いです。セリフ劇としてまずこの石橋徹郎と井上芳雄のバトルがすごかったですね。

そして彼と、賢治役の井上芳雄(彼のセリフ量も半端じゃないです)がそれぞれの妹の見舞いに来て顔を合わせます。
対極といえるこの2人の兄のコミカルで息の合った掛け合いを通して、明治という時代、その時代を生きた宮沢賢治の価値観や人生観などが笑いとともに展開されていくところは、これぞ井上ひさしワールド!ですね。こちらも観ていて盛り上がったところです。

人間の肉食についての「ベコ」の話とか、財閥三菱と賢治の父の生業を批判した「物を左右に動かすだけで儲けたり、金を貸して利子で儲けるなどは人の労働じゃない」という賢治のセリフは、今の時代にこそあてはまる批判ですね。

あと、母親役と稲垣未亡人の二役を演じた木野花、うまいのはいうまでもないところですが、この人も登場場面が少ないので二人の区別がつき辛いのが気の毒です。名前を聞くまでどちらの役か区別がわかりにくかったです。


順が逆になりましたが、重要な役が残っていました(殴)。
辻萬長とみのすけです。

辻萬帳は賢治の父親と、思想警察の刑事の二役ですが、すごい存在感。父親役としてはまさに家父長そのもので、刑事も得体のしれない凄みのある存在です。父親は、賢治とは宗教や処世感が全く違っていて対立していますが、それでいて賢治に仕送りするなど、複雑な親子関係がよく演じられていて説得力がありました。
思想警察の刑事役も味のある演技で「組曲虐殺」の刑事にも一脈通じるところがあって、これも根っからの悪人ではないかなと思ってしまいますね。脇役として十二分にいい演技をみせていてました。

みのすけの車掌は、唯一吊りもので登場する派手な存在です。さまざまな事情を抱えて、道半ばで意に反してこの世を去らざるを得なかった人々の思いを「思い残し切符」として後世に配る、この世とあの世の橋渡し役を務めています。
劇の最後にこの「思い残し切符」が客席に撒かれましたが、これは作家から私たちへのメッセージそのものですね。拾おうかどうか迷っている間にどなたかに拾われてしまいましたが。(笑)

劇の進行では中盤でやや中だるみ的なところがあったり、最後の場面ではかなりクサいセリフが気になったりしましたが、まあ実際の宮沢賢治自体、啓蒙主義的でやや農民に対する教化主義の傾向が感じられるので、作家自身これは確信犯的に演出したのでしょうね。

演出では場面転換を出演者が行ったり、役者自身が擬音などで効果音の代わりにしていたりで、手作り感たっぷり。素朴でエコな宮沢賢治らしさが出ていました。

ちなみに私はこの芝居を観て初めて、賢治が裕福な家庭の長男でけっこうな親のすねかじり(笑)だったことを知りました。
それまでは、きっと貧農の生まれで、苦学して農学校を出て教師になったのだろうと思い込んでいましたが、そうではなかったのですね。そのあたりの賢治の立ち位置の甘さを痛烈に批判する農民の言葉が衝撃的でした。
知っていたつもりでも宮沢賢治について知らないことばかりでした。劇の中で紹介されていた賢治のいろいろなエピソード(親子の宗教的対立など)も面白かったです。

いつものことですが、観劇後いろいろなことを考えていました。とくに最近発表された政府のTPP参加に合わせた減反政策廃止決定などを聞くにつけ、これからの農業政策について考えてしまいますね。

まあそんな下世話な話は別にして、今回の舞台、本当に全員芸達者ぞろいで観ごたえ十分でした。おすすめです。


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

次回のこまつ座公演観劇は来年2月の「太鼓たたいて笛ふいて」からスタートです。楽しみです。


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