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こまつ座『きらめく星座』を観て いい脚本といい演技 至福のひと時でした

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前回のこまつ座観劇は『太鼓叩いて笛吹いて』でした。なので本当に久しぶりに井上ひさしの世界とご対面です。

道中は全く問題なく、余裕で劇場に。
最近すっかり定番になった、劇場近くのチェーン店のイタリアンで昼食後ロビーに戻りました。兵庫芸文センターに通うようになってわかったのは、入り具合が開場前でもロビーの様子で大体予測できることです。この日はあまり活気がなく、ちょっと苦しいかなという感じでした。

席は最前列のほぼド真ん中。パソコンで予約した成果です。(笑)
座ってから振り返ったら、やはりR・S・T・U列の左右がぽっかり空いていました。もったいないです。

ちなみに、ご存じの方も多いと思いますが、最近まで日経新聞の「私の履歴書」欄に、名誉理事の植田紳爾氏が経歴や苦労話(自慢話も(笑))を連載していました。
これがいろいろ裏話が豊富で非常に面白いのですが、ある日の話として「一般の演劇は60%入れば採算が合う。しかしタカラヅカはその採算ラインは80%。なぜなら衣装とかの経費が豪華で経費が掛かっているから」といった意味のことを書いていました。

それでいうと今回のこまつ座公演はなんとかOKだったのでしょうが、そんな下世話な話は別にして、今回の「きらめく星座」は非常に面白くてしかも考えさせられる題材だったので、もっと多くの人に観てもらいたかったですね。

それと、タカラヅカでいえば、ここ数年でもその採算ラインのクリアが厳しそうな公演もけっこうあったので、歌劇団も大変だと思いましたね。植田紳爾氏自身が、駆け出しのころ不入りな舞台を担当して、苦境に立った体験を書いていて面白かったです。
演出家も本当に大変です。この連載、他にもいろいろ裏話があるので、タカラヅカファンでまだ読まれていない方はぜひ読んでみてください。

話が脱線しましたが、この『きらめく星座』は本当にいい舞台でした。帰宅してヨメさんと話して、これまでの井上ひさしの作品の中では初見の『黙阿弥オペラ』に次ぐ出来ということで一致しました。

それではいつもの散漫で薄い感想です。

話は『闇に咲く花』『雪やこんこん』とともに作者自身が『昭和庶民伝三部作』としている作品です。ストーリーは次第に戦時色を強める時代に、敵性音楽としてジャズなどが禁止されてレコードが叩き割られるような世相の中で、明るく暮らすレコード店の家族を描いています。

演出担当の栗山民也が
『‥日本を含めた世界中が諍いのきな臭い空気をただようこの時期に再び上演することになるとは、今の時代に求められた作品なのかもしれない』と記しているように、本当に時代に警鐘を鳴らすタイムリーな内容ですが、そんな固い題材でも井上ひさしは見事に楽しめる作品として私たちの前に提示してくれています。

本当にいつもの『むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに』という井上ひさしの口癖がそのまま作品化されていました。

それと印象的だったのは、当局に外国かぶれの敵性音楽とか、内容が退廃的・思想上不穏などとして禁止された音楽のきれいなこと。
中でも公演のタイトルである『燦めく星座』は耳に残る名曲ですが、それすら歌詞に陸軍の象徴である「星」を軽々しく使ったとして問題視され、レコード会社の代表は出頭させられて厳重な訓戒を受けたとのことです。こうなるともう言いがかりとしか言えないです。

でもこういう極端に振れる風潮が過去のことではなく、現在のヘイトスピーチの横行や、「特定秘密保護法」などに代表される「戦前レジームへの回帰」を目指す危うい政治とつながっているように思えて仕方がありません。

それはさておき、印象に残った順で出演者ごとに感想です。敬称略です。

今回の舞台で一番目立つ好演技だったのが秋山菜津子。

レコード店「オデオン堂」の主人小笠原信吉の妻・ふじ役です。ふじは以前松竹少女歌劇団に所属、歌手を経験した後オデオン堂の後妻になります。
秋山菜津子は以前のこまつ座の「キネマの天地」や「藪原検校」の「お市」役で出演していたのを観ていますが、今回がベストだと思いました。いい役者さんです。

とにかく小笠原家はふじで回っています。芯が強く明るくポジティブな性格で、一家を襲ういろいろな出来事に対処していきます。

台詞も歌もいうことなしです。義理の息子が応召するも脱走し、一家は憲兵に付きまとわれますが、そんな中でも気丈にふるまって苦境をしのいでいきます。そんなふじを過不足ない演技で造り上げています。途中の歌もよかったです。この人の舞台、また機会があれば観たいですね。

その夫・信吉役は久保酎吉。

かなりふじとは年齢差があり、もう老境にさしかかっていて、性格も穏やかでいかにも好々爺です。どちらかといえばハデな経歴のふじとの関わりがナゾで、観ていて「この二人、なぜ一緒になったのかな」という疑念が付きまといますが(笑)、そんなわけアリの年の差婚の夫婦というのが逆に話にリアリティを与えています。世間にはそういう組み合わせがナゾな夫婦がかなりいますからね。(笑)

久保酎吉は手堅い演技を買われていろいろな舞台に出ています。私たちも『祈りと怪物 ~ウィルヴィルの三姉妹~』とか『しゃばけ』、『それからのブンとフン』などでおなじみの役者さんです。今回の信吉も、目立たない役ながらしっかりとした存在感があって好感が持てました。
とても演技とは思えない自然さが光っていました。

長男・正一役は、本来田代万里夫が演じる予定でしたが、突然の怪我で急きょ峰崎亮介が代役することになったものです。


でも彼はがんばって正一役をよく務めていていました。私は休憩時に買ったプログラムに挟まれていた「キャスト変更について」を見るまでは代役とは全く知りませんでした。

しかし急な代役とは思えないいい出来で、素朴で純粋で一途な青年がピッタリ。全く違和感なく観られました。まだ全くの新人ですが、しっかりした演技と滑舌のいいセリフで先が楽しみです。

今回の公演で再見できてうれしかったのが長女みさを役の深谷美歩。

頭痛肩こり樋口一葉』で一葉の妹・樋口邦子を絶妙の演技で好演していたので、今回楽しみにしていましたが、予想通りの出来栄えでした。よかったです。
前回「頭痛肩こり樋口一葉」の感想で私は、
「すっきり明快で耳に心地よく聞こえるセリフがまず印象的。それと、抑えた中にも芯の通った安定した演技が光っていました。姉を慕い、世間体を優先して家計を顧みない母・多喜にも辛抱強く従う邦子を自然体で好演。」と書いていますが、今回のみさをも似たような印象の女性でした。
今回も一家に降りかかった非国民という非難をかわすために進んで一家の犠牲になるみさをです。

どうも井上ひさしはこういう「健気で、おとなしいけど芯のあるやさしい女性」というのがお気に入りなようですね。よく登場します。で私も、思わずそれに共感してしまったり。(笑)

みさをの夫となるのが傷痍軍人・高杉源次郎役の山西惇。

この人も「相棒」シリーズなどテレビドラマでも活躍しているのでご存知の方も多いと思いますが、私も最近の『象』や『それからのブンとフン』などの舞台で観ていたので、安心の配役でした。
ガチガチの軍人ですが、まったく世界観の違う「オデオン堂」に来て、最初はギクシャクしながら次第になじんでいきます。そんな内面の変化の過程をよく演じていました。

小笠原家の人々とまったく異なる人物といえば、憲兵伍長・権藤三郎役の木村靖司。

まじめで職務に熱心な憲兵です。出てきたとき思わず緊張しました。(笑)
脱走兵の正一の行方を追って頻繁にオデオン堂に顔を出します。でも強面の憲兵でありながら、どこか憎めないところがあって、まったくの悪役ではないのが井上ひさし流。この人はこれまで舞台ではお目にかかっていませんが、いい役者さんでした。
そういえば今回の芝居にも悪人は出てこないですね。

紹介が遅れましたが、うまい役者さんといえばなんといっても『キネマの天地』『太鼓たたいて笛吹いて』でおなじみの木場勝己。

今回は広告代理店?で宣伝文句を作る仕事をしている竹田慶介を演じています。どうして小笠原家に出入りするようになったのか忘れましたが(殴)、昔はこういう、なんでその家に出入りするようになったか分らない人がいたりする穏やかな人間関係がありましたね。

今回の舞台で音楽を担当しているのが居候の森本忠夫役の後藤浩明。

普段の演劇へのかかわりは作曲・演奏・音楽監督としてが中心だそうですが、今回は登場人物を兼ねながら、芝居の中で使われている歌謡曲やジャズのピアノ演奏も務めていて、楽しそうでした。

出番は少ないながら、防共護国団団員甲と電報配達の若者役の今泉薫や、同じく防共護国団団員乙と魚屋の店員役の長谷川直紀もそれぞれよくやっていました。

舞台は真珠湾攻撃が始まる直前で終わります。出演者全員が防毒マスクを付ける場面で幕となります。その幕切れが、その後の小笠原家をはじめすべての登場人物の運命を、観客が歴史上の事実を重ねながら、いろいろ想い描く余韻を作っています。

終わってみれば観客全員がスタンディングオベーション。舞台と観客席が一体となって井上作品を楽しめた証でした。よかったです。人物描写のしっかりしたよくできた脚本と、作者を熟知した手慣れた演出、そして芸達者の役者ぞろいで、こまつ座の芝居の醍醐味を味わえた至福の時間でした。

基本的に喜劇ですが、笑いながらもいろいろな思いに駆られる舞台でした。未見の方は機会があればぜひご覧ください。
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