どこにも出かけない日は怖いです。
一日黙って一人でいると、考えるのはFのこと。
去年1月16日から今年2月1日までの入院の間、果たして私はベストを尽くしたのだろうか、Fの想い・願いに十分応えられていたのだろうかと一日中自問してしまいます。
でも、その答はいつまでたっても見つかりません。
今も眼に焼き付いているのは、彼女の目頭から耳の方に流れた涙が乾いた跡。
毎日病院に行って、まず私がしていたことは、それをきれいに拭いてあげることでした。
拭きながらいつも考えていました。
何を嘆いていたのか。
何が辛かったのか。
声を出せず、身動きもできなくなってしまった我が身を嘆いていたのだろうかと。
元気な時でも人一倍寂しがりやの彼女でした。
毎日通ったとはいえ、最後の2週間を除けば、1日せいぜい4~5時間程度、1日のわずか5分の1から6分の1ぐらいしか一緒に居てやらなかったことが悔やまれます。
一人の間、病室でどんなに寂しく心細かったかと思うと、涙が止まらなくなります。
さらに、50年近くも一緒に暮らしていながら、彼女と過ごした日々のディテールが、時とともにぼやけ始めていることが悔しいです。
今日も、彼女を失った虚ろさに押しつぶされそうな1日でした。
永らくブログは放置状態でしたが、なんとか再開したいと思います。とりとめのない日々のことを、思いつくままに書いていくことになりますが、よろしければ見ていただければ幸いです。
一日黙って一人でいると、考えるのはFのこと。
去年1月16日から今年2月1日までの入院の間、果たして私はベストを尽くしたのだろうか、Fの想い・願いに十分応えられていたのだろうかと一日中自問してしまいます。
でも、その答はいつまでたっても見つかりません。
今も眼に焼き付いているのは、彼女の目頭から耳の方に流れた涙が乾いた跡。
毎日病院に行って、まず私がしていたことは、それをきれいに拭いてあげることでした。
拭きながらいつも考えていました。
何を嘆いていたのか。
何が辛かったのか。
声を出せず、身動きもできなくなってしまった我が身を嘆いていたのだろうかと。
元気な時でも人一倍寂しがりやの彼女でした。
毎日通ったとはいえ、最後の2週間を除けば、1日せいぜい4~5時間程度、1日のわずか5分の1から6分の1ぐらいしか一緒に居てやらなかったことが悔やまれます。
一人の間、病室でどんなに寂しく心細かったかと思うと、涙が止まらなくなります。
さらに、50年近くも一緒に暮らしていながら、彼女と過ごした日々のディテールが、時とともにぼやけ始めていることが悔しいです。
今日も、彼女を失った虚ろさに押しつぶされそうな1日でした。
永らくブログは放置状態でしたが、なんとか再開したいと思います。とりとめのない日々のことを、思いつくままに書いていくことになりますが、よろしければ見ていただければ幸いです。